道子の調査/ペンギンプルペイルパイルズ#11/下北沢ザ・スズナリ

【脚本・演出】
倉持裕
【出演】
小林高鹿 ぼくもとさきこ 玉置孝匡 内田慈 近藤智行 吉川純広 松竹生 山本大介 伊藤留奈 加藤啓(拙者ムニエル

ソワレ観劇。倉持脚本やプロデュース公演は何度か観たけど本公演としてはスマイル・ザ・スマッシャー以来かな。
場所は海の近くのモーテルの一部屋。失踪した女性についてを7人の証言者から聞き出しているひとりの調査員、だが事件は解決しないままにその調査員も失踪。6年後に同じ場所で同じ7人の証言者から同じように聞き出している別の調査員。そして6年前も現在も偶然に隣の部屋に住んでいて居合わせた一人の作家。女性と6年前の調査員はなぜ失踪したのか、一見無関係そうに見える7人の証言者間の関係は?、などの謎をはらみつつ現在と6年前とが交錯しつつお話は進んでいく。
なんだけど解決につながりそうなピース自体はいたるところに散りばめられつつもその謎が最後まで明確には明かされないままに終わってしまうんですよね、いうなら解決編のないミステリー小説ってな感じでしょうか。
前回観たときもそんな感じだったので覚悟して注意深く観ていたつもりだったのですが今回もダメでした。なんか本筋の他に隠れた裏テーマありそうな気がするんだけどなー、それにも気付けず。役者さんの演技も良いし(ぼくもとさんの素朴な愛くるしさとか、高鹿さんのはじけた感じとか)各々のシーンは面白くて見ごたえがあるので満足はしているんだけどそれだけに理解しきれない自分に悔しい思いが。調査する側とされる対象がシフトしていく(「失踪した女性」→「6年前の調査員」→「現在の調査員」)ところとか、7人の証言者と積極的にコミュニケーションを取ろうとする「失踪した女性」と「6年前の調査員」、それを拒絶する「現在の調査員」ってあたりがなんか気になるんだけどそれが何なのかが分からず。
これがナイロンとかになるともう不条理すぎて考えるだけムダって割り切れるんだけど倉持さんの脚本はなんかしらの意味が隠されているような気が。あまりに悔しいので上演台本買ってきちゃいました、10月にはシアテレで放送するそうなので(今日が収録日のようでした)それらを見て復習することにします。